塾講師のすべきことってなんだろう

塾講師としてなすべきことを考えてみた

わたしは関西に住んでいます。
生まれ・地元・育ち・そして現在も住んでいる場所は同じ都道府県です。
一時は働いている場所も同じ都道府県の同じ市内だったこともあります。

なので、時折、自分がはたらいていた塾の生徒(すでに高校生や大学生、あるいは社会人)にたまたま出くわしてしまうこともあります。

その時の反応はお互いさまざまですね。
気づいてこちらに話しかけてくる生徒。
気づいているだろうがまったく話しかけてこない生徒。
気づいているけどひそひそ隣の人と話してどうしようか迷っている生徒。
まったく気づいてくれない生徒。

話しかけてくれる方がうれしいのはうれしいんですが。

相手も人間なので躊躇する事情があったり、ね。
残念ですがわからないでもないです。

 

この間、地元の祭りに行ったんですね。
・・・っていうとコラムっていうかただの日記みたいですが。
そこで数年前に勤めていた塾の卒業生(当時は中学生)とそのお母様に出くわしました。

お互いたまたま「あっ」ってなった感じで。
私が一瞬止まったすきに「気づいてこちらに話しかけてくる」というパターンでした。

その生徒は、中学生の時に私が教えていて、この春に大学1年生になったばかり。

わたし「大学はどこ行かれたんですか?」
生徒のお母様「○○大学なんです。もうちょっと上に行ってくれればね~」

わたし「バイトとかしてるの?」
生徒「●●でバイトしてるんですけど、超ブラックです(笑)」

なーんて会話をして、数十分会話しました。

これだけでもうれしいのはうれしいんですよ。
覚えていただいてて。
話しかけていただいて。
数十分も足を止めてくださって。

大学受験の話にもなりました。
その生徒は大学受験の際は苦労したようです。
今年の私立入試の厳しさをもろに食らったようで。

「先生があのとき見てくださったおかげで・・・」
みたいなことをお母様に言っていただきました。
そのときは
「いやいや、この子がね・・・」
なんて謙遜をしていました。

その帰り道。
なんとなく考えてたんですね。
「あの子は大学受験したんだなあ。」

「あの高校からよく○○大学行ったなあ。がんばったんだなあ。」

「高校ですごいがんばったんだろうな。」

「どんな高校生活だったんだろ?」

そこでふと思ったんです。

「あの子の高校生活を知らない。」

「お母さんは『先生のおかげで』なんて言ってたけど・・・」

「私はあの子の大学受験に何にも力になってない。」

この仕事をしていると進路指導をする場面も当然あります。

A高校がいいんじゃないか、いやいやB高校が向いてるんじゃないか、C高校は成績には難しいが・・・なんて話を、その生徒にもしたのを覚えています。

ですが、その進路面談の話が、その子の中で生きているかどうかなんて今となってはよくわからないんですよね。
進路面談だけでなく、その子とは小学5年生から中学3年生まで指導したんですが・・・

『きみのことを思って、この高校をおススメするよ!』
というスタンスはなんて傲慢なスタンスだろうと思ったんです。
高校受験が終わった後も二人三脚で行くならともかく、高校生活はその生徒自身が行ったわけです。
大学受験にもその生徒自身が立ち向かったわけです。

『きみのことを思って、この高校をおススメするよ!』というスタンスは、その生徒にほとんど影響を与えないのでは、と思ったのです。
異論反論噴出の結論ですが(笑)

じゃあ我々、塾講師や教師は何のために存在するのか?
1つ目は成績を上げること。
2つ目は生徒・保護者が望む志望校に合格できるよう全力を尽くすこと。

そして。
その1つ目、2つ目に対して、がむしゃらに取り組んでいる姿を生徒に見せること。

高校受験が終わったあとにも「彼ら・彼女らに生きるもの」を残すということは全力で取り組む姿を見せることではないか
それで彼ら・彼女らが何を感じるかはわかりません。
「こんなにも応援してくれるんだ!」
と思う生徒もいれば
何も考えず淡々と勉強する・・・
という生徒もいて
さまざまだと思います。

だけど、がむしゃら・全力であることで彼ら・彼女らにも爪痕(言い方が適切かはわかりませんが・・・心の琴線のふれる?)を残すことができるのではないか。
それが塾講師・塾教師がすべきことの1つではないか。
そう思ったのです。

つまり目の前の生徒を懸命に教える。
未来の1点を必ずつかませる。
これはこれで傲慢だと思うんですが。

ちょっとでも心に残る何かを生み出したいな、そう思った休日のお話でした。

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